SAYNO!は、留学中に性被害にあったことのある被害当事者の声を匿名で集めています。当事者には言葉にすることで自分の尊厳を取り戻してほしい、そして当事者でなくともまずは実態を知ってほしい、という思いからこのコーナーは生まれました。※このページには性暴力の描写が含まれます。実際に被害に遭われた方などはご自身で判断してお読みください。

海外で「アジア人」で「女性」であるということ

大学生の夏、アフリカのとある国にひとりでボランティア活動に行った。日本人は私だけで、行く先々でじろじろ見られることもあった。それでも大好きなアフリカで過ごす日々は楽しかった。

しかし時間が経つにつれ、私を見る周囲の目つきに違和感を覚えるようになった。そしてそれは「肌の白いレアなアジアの女がいる」という男性からの好奇の視線であると知った。真夏のアフリカで、肌を見せないように毎日長袖を着た。それでも現地の女性とは違う体格やストレートの黒髪が目立った。

滞在先の近所に住むひとりの男性がいた。道で会うたびに誘われていたが、毎回理由をつけて断っていた。ある日いつものように職場から滞在先に帰る途中で彼が待ち伏せしていた。いつもの笑顔は無かった。その目つきで、相手が本気で自分を押さえ込もうとしているのがわかった。相手を逆上させないように、必死で何か話したのを覚えている。

幸いそこで知り合いが通りかかり、私は滞在先に帰ることができた。身体が無事なだけラッキーと言われればそうかもしれない。でもあの時の相手の目は忘れられない。自分の肌の色や「アジア人女性」というカテゴリーだけでジャッジされた恐怖を今も覚えている。大好きだったアフリカが今は怖い。私はもう、二度とあの国に行くことができない。(Rさん)

弱い立場だからこそ逃れられない苦しみがある

  留学先で出会った中高年で妻子持ちの駐在員に「二人で旅行に行かない?」「付き合わない?」と言われ、二人での食事にしつこく数か月にわたって誘われました。こんなことが起こらなければ、もっと有意義で充実した留学生活になったのではないか、と今でも悔しい思いをすることがあります。

 その駐在員と出会ったのは、留学生と現地駐在員との交流会でした。ちょうど私がいたテーブルに彼がいたので少し話しましたが、高圧的で学生を見下す態度が気になりました。その時、後で連絡ちょうだいと彼から名刺をもらいましたが、いい印象ではなかったですし、特に伝えることもないので連絡しませんでした。

 ある日、その駐在員から二つのSNSを通じて、連絡が取りたいというメッセージが来ました。電話で伝えたいことがあると言われたので、不信に思いつつ電話に応じました。はじめは留学生活や学業のことを聞かれました。しかし、旅行の話になると「二人で旅行に行こう」と誘われ、今度知り合いの有名人が日本から来るという話になると「その人を紹介してあげる。でもその前にあなたのことを知りたいから二人で食事に行こう」と言われました。その他、耳を疑うような発言を繰り返されました。

 電話の内容に衝撃を受けたので友達にその人のことを聞くと、以前、留学生にセクハラをしていた人だったと分かりました。一部の留学生の間では周知の事実だったそうですが、私はその情報を知りませんでした。ただ、普通に生活していれば彼とは直接接触しないので、そのまま数か月間、送られてくるメッセージを上手くやり過ごしていました。すると彼も興味がなくなったのか、連絡が途絶えました。

 この状況でも、私が幸運だったのは周りに頼りになる友人や他の駐在員が沢山いたことでした。大学教授や留学中の友人に、このことを伝えて相談に乗ってもらっていたので精神的には多少なりとも救われました。しかし、数か月の間は連絡が来るたびに鬱々とした気持ちになっていました。それは、きっぱりと断ることが出来なかったことが原因です。その駐在員は社会的に非常に地位の高い人だったので、私の留学生活や就職活動に影響が出ないような対応を続けなければいけませんでした。相手を刺激しない言葉を選ぶ必要があり、返信に多くの時間を割かれました。実際に「NO」と言えても自分の立場を考慮すると言えないことや、断固とした拒絶を示すことが最善の解決策ではないことに気づいたときは、沼にはまったような自分の状況に愕然としました。

 学生は社会人よりも弱い立場です。そして、そう簡単に大人の行動は変えられません。だから非常に理不尽ではありますが、まずは私たち留学生がそのことを充分理解して自分の身を守る努力をする必要があります。同時に今後、学生が性被害に怯えることなく学業に集中して留学できるような環境、弱い立場であってもはっきりと「NO」が言えるような社会づくりが進むことを強く望みます。

  最後に、小さな体験談ではありますが、皆さんに共有することでこの問題の解決への小さな一歩となりますように、そして嫌な思いをする学生がこれ以上増えませんように、心から願っております。(Cさん)

海外だからこそ、何が正しいのかわからなくなる

留学して暫く経ち、定期的に「家に遊びに来ないか、久しぶりに日本食を食べたくなるころじゃない?日本のテレビ番組も家なら見れるよ」と誘われるようになりました。

家に行くのはまずいのではないか、でも色々お世話になったし、あまり失礼な断り方は良くないかな、と「外のレストランにしませんか?」と提案し続けていましたが、あまりにも誘われ続けていたので一度お付き合いで行けばもう相手も家には誘ってこないだろう、と思ったのが間違いでした。

 

そこで被害に遭いました。その人がまるで別の人かのようになっていたこと、どれだけやめてくださいと泣いても全く相手に届いていないことに、身体もそうですが、まず心が傷つきました。道もGoogleマップがなければ分からないからすぐに追いつかれてしまうだろう、異国の地で服が乱れた状態で外に出る方が危ないのではないか、荷物を置いては逃げられない、必死で相手を逆撫でしないことだけを考えていました。

その後、しばらくはなぜかあれは大したことじゃなかったんだと思っていました。

ある日、偶然現地のある日本人女性から話の流れで「○○さんは気を付けた方がいいよ。」と言われ、ぞっとしたのを今でも忘れられません。詳しく話を聞くと、その女性にもセクハラをしていたことが分かりました。今になって分かりましたがその駐在員の被害者は他にもいました。

話してくれた女性に初めて全てを話して、言語化することによって初めてあれはおかしかったと気づきました。その女性が多くのサポートをしてくださったおかげで、現地で性病の検査をしたり、日本の弁護士にお願いして慰謝料を請求することが出来ました。

全て終わってやっと、はじめて「私は悪くなかった」と思えるようになりました。

今でも、ふとした瞬間に、受けてきたセカンドレイプの言葉に苦しくなる時があります。「なんで家に行ったの?」「男はそういうものなんだから女側が気を付けるものでしょ」「本当に同意してなかったの?」そういった言葉を内面化してしまって自分を責める時もまだ多々ありますが、こうやって人に話すことで、これから被害に遭う学生を少しでも減らせたら、私自身も癒されるのではないかと思っています。(Cさん)

日本人が自分以外にいない状況での現地の人からの性被害

私が東南アジアのある国に滞在をしていた時にレイプ直前の性被害を受けました。

インターンシップとして1年間現地で日本人1人で働く日々でした。

ハロウィンのシーズン、友達で集まってハロウィンパーティーに参加していました。参加者の多くが酔っぱらい始めた中、それぞれが家に帰ることになりました。信頼していた現地の友達Kの友達Aが参加者として来ていたのですが、Aがバイクで私を家まで送り届けてくれるとのこと。私の家は少しその場所から離れた場所にあったので、純粋にありがたかったのです。私は夜なのもあり、少し心配でしたが信頼していたKに「この人はいい人だから大丈夫」と言われ、Aのバイクの後ろ座席に乗りました。

そのまま家の方向に向かうと思いきや、バイクは普段私が行ったことのない方面に向かい始めました。私が怒ってどこに向かっているのかと聞いても何も答えず、私は今までに行ったことのない薄暗い場所で降ろされました。そこで力づくでキスをされ、レイプをされそうになりました。「家に返してくれ」といって私が泣き叫んでも何も状況は変わりませんでした。

小雨も降っており暗く誰にも見つけてもらえないだろうと諦めていた時、友達のKが駆けつけて号泣する私を助けて家まで送ってくれたのでした。あの時、もしKがあのまま私を見つけてくれなかったらと思うとゾっとします。

被害にあった後は、私をこんな目に合わせた相手を罰してほしいという思いが持ちながらも、所属団体の評判が悪くなったり、現場の方々との関係にヒビが入ったりしてしまうのではないかという恐れが強く、現地警察や周りの人々にも相談できずにいました。そんな中で信頼している現地や日本の方から「あなたは絶対に悪くないから、今は何も考えなくていい」と言ってもらったときにどれだけ救われたか、想像できるでしょうか?

一方で、真剣に話を聞かないで「途上国で他人を信頼してバイクに乗るお前がバカだろ」といったような言葉を浴びせられ、セカンドレイプを受けたことは心の中でずっと突っかかったままでいます。自分の意思に反する形で性的に搾取される、こんなにも理不尽で苦しい経験をこれから海外で頑張る学生たちにしてほしくないと心から願っています。

自分自身の声をあげることで何か変わると信じて。(Mさん)

当時、天真爛漫で無垢で無知だった私へ

まず当時の私に言いたいことがある。『絶対にあなたは悪くない。』

留学を終え帰国の週になったある日、現地に住む駐在員に「明日、日本人会であなたのお別れパーティーをしよう」そう言われ、指定された時間にパーティー会場にいくとそこには誰もいなかった。そして、そこで私は日本人駐在員からレイプ被害に遭った。

私の留学していた国はいわゆるみんなが留学先として想像するような先進国ではなく、アフリカであった。留学当時18歳、希望に満ち溢れ、いつかは絶対にアフリカで起業すると決めていた。現地に住む日本人は様々な企業の駐在員や、公的機関で派遣されてきた人たちが多く、留学でくるような学生は本当に年に片手で数えられるほど、もしくは0に近かった。感染症や治安面でも先進国と比べあまり良くなかった環境下の中で、日本人同士の繋がりが非常に強かった。現地では、アジア人でアフリカにくる=お金持ちというような社会通念があり、アジア人であるがゆえに狙われやすかったりもした。それゆえ、普段からまとまったお金を持ち歩くことができない。

しかし、突発的な事故、マラリアにかかった時、頼る人がいないと現地の病院や、お金のことに関してなど。自分で全てを解決することは難しかった。だから、現地の日本人とのコネクションがリスク管理の面で情報共有の面から非常に大事であった。自分の命に関わることだから、私は日本人とのコミュニティは非常に大事にしていた。現地の日本人の方々は娘のように良くしてくれる方もいれば、食事に声をかけてくださる方もいた。私としては、日本人の方々との関係性は、大きな学びの機会であった。アフリカならではのビジネスは何をしているのか、どんな商材だったらアフリカで売れるのか、現地でビジネスをする上で何が大事なのかを、日本では絶対に出会うことがないような人たちに会うことが多く、現地の生の声を学ぶとても貴重な機会でもあった。起業する前に就職を考えていた企業の方もいた。

帰国の間際、お世話になっていた日本人に「留学お疲れ様、最後に僕の家で日本人会のみんなで君のお別れパーティーをしよう」と言われた。単純に私のお別れ会をしてくれることが嬉しかった。現地では、公的機関の人や駐在の方々は、安全を考慮して外出の行動範囲が限られていた。なので、食事などをする際は、もちろん外食もあったが、日本人会界隈でお互いの家でパーティーをすることも多かった。毎週みんなで集まってご飯をしたりしていたので、今回も普通のことだと思っていた。

しかし、当日、私だけが全く違う時間に呼び出されていた。加害者男性はこう言った。「Aさん(お世話になっていた人)との噂を日本人コミュニティにいくらでも流せる」「君は帰国だけど彼はどうなる?噂でAさんは孤立するかもね、仕事にも支障が出るかもね」Aさんを囮にし性行為をするための引き換えの材料として私を脅してきた。

そう吐き捨てたセリフ、勝ち誇った表情、これから大きな獲物を取って食う気持ち悪い息遣い、今でもはっきり覚えている。今までお世話になっていた時の彼とは全くの別人だった。今まで仲良くしてくれていたのは、この為だったのか、とも思えてしまうような豹変ぶりだった。私がここで逃げたら、Aさんを根も葉もない噂で苦しめてしまう、でもこの場で逃げたら殺されるのか、殴られるのか、暴行を受けるのか、もう何が何だかわからなかった。必死で相手を逆撫でしないこと、落ち着かせその場をやり過ごすことだけを考えていた。

でもそんな呑気に考えられるほどの時間はなかった。どれだけやめてください、許してください、お願いします、と泣いても全く相手に届かなかった。彼には、私の声なんか何も聞こえていなかった。ただただ痛かった。そして、避妊もなかった。人生で初めてアフターピルを使った。英語は話せる方だったが、あまりにも性知識がない自分に酷く怒りを覚えた。日本では診察を受け自分の体重や体質にあう薬を処方してもらうのにもかかわらず、診察なしで薬局で購入することのできたアフターピル。怖くて怖くてたまらなかった。服用2日後に生理が来ると記載されていた。日本でのアフターピルは、生理周期がずれないのにアフリカのアフターピルは全く違い、恐怖でしかなかった。でも、それでも、藁にもすがるような思いで薬を使用した。

私は、アフリカの日本人コミュニティが村社会であることを18歳ながら知っていた。誰と誰が何したとか、誰と誰が夜二人で飲んでいたとか、本当にくだらない噂が狭い日本人コミュニティの一部の嗜みだった。だからこそ私のような18歳、女子大生、1年未満の留学者は噂の恰好の的であった。私が誰とご飯にいったかもある程度みんな知っていた。だからこそ、私が帰国した後に、Aさんが根も葉もない噂を流され、日本人コミュニティから孤立させてしまうこと、駐在の期間を私と関わったことによって嫌な気持ちにさせてしまうこと、仕事に支障が出ること、これは絶対的に避けたかった。私とAさんとの間には何もなかったのに、私の年齢やジェンダーが、変なレッテルを貼ることが容易なことかつ、過激にさせる要素であった。大人が複数人で食事していてもよくあることだとなるが、Aさんが私と食事にいっただけで『学生』に手を出す大人とレッテルを貼られること、根も葉もない噂で様々な憶測で物事を語ろうとするあの日本人コミュニティでの酒のつまみになるかと思うと非常に怖かった。

私はその後、PTSDの症状が出るようになった。心はそれを認めたくないと、その記憶にまつわることをシャットダウンをしていたようにも思う。しかし、加害男性の風貌の人を見かけると目が腫れたり、体に蕁麻疹ができたりしてしまった。

一年後、現地でお世話になっていた日本人女性から「○○さんは妻子持ちなのに短期滞在の子、青年海外協力隊、駐在員の友達(旅行者)によく手を出す」というお話を聞いた。実際たくさんの被害事例があり、心の底からの怒りが湧いた。同時に感情はもっと複雑化して死んでいった。加害者への怒り、絶望、苦しみ、悲しみ、男性への恐怖心、ぶつけようのない怒り、何もできなかった自分への怒り、他人に対して信頼も期待も絶対にしなくなった自分への諦め、これがどんどん私を蝕んで行った。

友人に自分の身に起こったことを話したときに、何人かはセカンドレイプをしてきた「自分で招いた結果だ 」といっていた。第三者は何も知らないくせに主観的なくせして、自分が客観的だと信じているように感じた。レイプ神話の誕生を目の前で見るとは思ってもいなかった。身に起こったことを証言しているのに 、なんでそれを否定する権利にこだわるんだろう。誰が認めたくないって一番そんなことされた自分が認めたくないに決まってるのに。やはりここでも自分の感情と心は腐敗し、他人に期待も信頼もしなくなった。そうやって生き延び、複雑な感情を組み立て続けた頑丈のお城にいつの間にか、閉じこもって抜け出せなくなったようにも感じる。セカンドレイプは、私の存在を消し去り、沈黙に追いやってしまうに感じた。私の声と権利をかき消そうとする。この壊滅的状態から立ち上がってようやく 、語るまでどれだけかかったのかはわからないが、周りの支えがあったからこのようにこの場にも記すことができているのだと思う。

性暴力にあって、自分が悪くないと認知できるのに非常に時間がかかった。どこか自分の非を考えて、当てはめていた。しかし、それは、自分がその記憶と向き合うのが嫌で当てはめてしまえば簡単に自分の中で処理できる一種の逃げの手段であったように感じる。しかし、周りの支えによって自分は悪くないということを認知できるようになった。これは、心理的安全性が担保されるようになってから自分と向き合えたからだ。ものすごい時間がかかったが、自分のペースでも向き合えたことは心が少し解放されたように感じる。

最後に、「性暴力」を、「男性VS女性」の問題とみなすのではなく、「暴力をふるう人VS暴力に反対する人」という視点でとら得ていかなければならないと考える。私達ひとりひとりは、「暴力は絶対に許さない」とする文化を創り出していこうとしていかなければならない。

「性暴力」に抵抗していくためには男女の対等な関係づくりが重要である。そして、性自認や性的指向を問わず、様々な人が性的な暴力の被害をうけないためには、すべての人の性的自己決定権や性的人格権が尊重される社会を作り上げていく必要がある。そして、私たちの社会にとってもう1つの大事なことは、「暴力は絶対に許さない」とする文化を創造していくことである。暴力を否定する価値観を根付かせていくことが私たちの社会で大切なことである。そして、被害者が声を上げなければ変わらない社会では絶対にいけないんだ。絶対にそんなの許されない。ひとりひとりがきちんとした人権感覚をもたなければならない。そこにジェンダーも若さも着ている服も何も関係ない。誰しも持ち得る人権に対して敬意を払う。ただそれだけのこと。ただそれだけの当たり前のことができる社会にならなければいけない。

私は、この忌々しい記憶とともに自分の身に起きた被害をここに記す。ある種の自分の中の区切りとして。そして何よりも誰も同じ被害に合わないように、願うばかりの社会ではなく、声をあげ、当たり前の権利が、尊厳が担保される社会に変革されるように。

ps.最後まで読んでくれたあなたへ

  • 被害者へ

絶対にあなたは悪くない。絶対に絶対に。着ている服も、お酒を飲んでいようが、関係ない。同意のない性行為はただのレイプだから。

  • 被害者の友だちへ

被害者に寄り添っていて欲しい、死にたくなる日もあなたのことを思い出して踏みとどまるかもしれないから。

  • 被害者の家族へ

『おかえり』って言って欲しい。留学から立派に帰ってきた娘/息子を誇りに思って欲しい。『おかえり』その一言は誰よりも安心するから、帰る場所があることを再確認させてくれるから。

  • 被害者の恋人へ

寄り添って欲しい、そして決して責めないで欲しい。一番あなたへの悲しみと謝罪の念を抱いているから。

(Rさん)